ボケお袋の介護日誌
執筆のネタとして書き溜め。
今日は、ボケお袋が家にいる日。訪問診療の日なので、施設へ行かないのだ。
朝から、コンチクショーと壁や家具を叩きまくっている。
ああ、煩い。
不安や不快(体がうまく動かないなど)、空腹などがヒルテリーとして表出するんだな。
ボケお袋は、僕を子育てしている時から、つまり、人生のほぼ全てで、他者への怒りが多い人だ。
怒りを原動力に、社会では成功した人だと言える。
さて、そういう怒りを原動力にしている人は、ボケても怒りが生命力そのものなので、家族はたまったものじゃない。
ボケ老人を見ていると、人間の本質を見ているような気がする。
理性が働いているときには、社会人として、その本質をうまく隠して(言い訳して)生きているので、まぁ、問題は少ないのだけれど、本質は怒りなので、その人の社会行動の本質も、他者への攻撃性なんだな。
人間の社会は数千年に及ぶわけだけど、本質としては変わらないはず。宗教というのは、おそらく、賢者がボケ老人の行動を見て作り上げた場面もあるだろうと思うんだ。
今のボケお袋の状態を宗教的に表現すれば、魔物に取り憑かれている、悪霊に取り憑かれている、地獄にいる、と言えるよ。
どんなに社会的に成功したとしても、地獄に落ちるんだな。
それを宗教的には、どうアプローチしてきたか、そこがポイントですな。
老いて地獄へ落ちないようにするには、若いときに何をするかがポイントになるわけだけど、少なくとも、社会的に成功することとは次元が違う。
生まれ持ったものをどのように修正するかという結論に行くんだな。